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山深き松の嵐を身にしめて
誰か寝覚めに月を見るらん

歌の意味
山深い松を吹く嵐を身にしみて感じながら、いったい誰が夜の寝覚めにこの月を見ているのだろうか。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 1005

詞書「題しらず」
 山深い松を吹く嵐を身にしみて感じながら、誰が寝覚めに月を見ているのだろう、と詠む。冷たい山の嵐が吹きすさぶ夜、眠りから覚めて月を見る人を思い描き、山深く住む人の孤独と、その人が見る月の冴えた美しさを想像している。自分自身の姿をよその人のように詠んだとも読める。
 作者の「藤原家隆」は藤原光隆の子である。藤原俊成に和歌を学び、のちに『新古今和歌集』の撰者の一人となった。小倉百人一首にも歌が採られている。
 前歌の第千四首は藤原定家の歌で、新古今時代を代表する二人の歌が並ぶ。また本巻の第千二十首の「誰又かかる住まひして」と、山深く住んで月を見る人を思いやる点で通っている。

 初句「山深き」は、山の奥深い、の意である。
 二句「松の嵐を」は、松の梢を吹く激しい風を、の意である。
 三句「身にしめて」は、身にしみて感じて、の意である。
 四句「誰か寝覚めに」の「か」は疑問の係助詞で、結句の「らん」で結ぶ。「寝覚め」は夜中に目を覚ますことである。
 結句「月を見るらん」の「らん」は現在推量の助動詞「らむ」の連体形で、月を見ているのだろうか、の意である。本巻の第千二十首の結句「月を見るらん」と同じ句である。

ねざめ:夜中に目を覚ますこと
あらし:激しく吹く風
作者
藤原家隆
出典
千載和歌集
前の歌
いかにせんさらでうき世は慰まず 頼みし月も涙落ちけり
次の歌
待つほどはいとど心ぞ慰まぬ 姨捨山の有明の月