- 歌の意味
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見渡すと、霞の中がさらに霞んでいることだ。塩焼きの煙がたなびく塩竈の浦は。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1611
詞書「海辺霞といへる心を詠み侍りし」
諸国の浦を詠む一連の三首目である。見渡すと、立ちこめる霞の中がさらに霞んで見え、それは塩竈の浦に塩焼きの煙がたなびいているからだと詠む。詞書によれば、海辺の霞を題として詠んだ歌である。
作者の「家隆朝臣」は、藤原光隆の子で、『新古今和歌集』の撰者の一人である。藤原俊成に和歌を学んだ。
塩竈の浦は陸奥国の海辺で、現在の宮城県塩竈市にあたる。塩焼きの煙とともに詠まれる歌枕である。
初句「見わたせば」は、見渡すと、の意である。広く眺める視点をまず示す。
二句「霞のうちも」は、霞の中も、の意である。「も」によって、霞の中がさらに、という重なりを示す。
三句「霞みけり」は、霞んでいることだ、の意である。「けり」は気づきの詠嘆で、ここで句が切れる三句切れとなる。二句の「霞」と三句の「霞み」を重ねる言葉の遊びがある。
四句「煙たなびく」は、塩焼きの煙がたなびく、の意である。霞の中がさらに霞む理由を、ここで明かしている。本巻の第千五百九十二首の「山にたなびく」塩焼きの煙とも響き合う。
結句「塩竈の浦」は体言止めで、霞と煙が重なる陸奥の浦の景を置いて結ぶ。
しほがま:海水を煮詰めて塩を作るかま
- 作者
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藤原家隆
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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沖つ風夜寒になれや田子の浦の 海人の藻塩火焚きまさるらん
- 次の歌
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今日とてや磯菜摘むらん伊勢島や 一志の浦の海人の乙女子