- 歌の意味
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故郷に、帰ると頼みにさせて残してきた人も、末の松山ではないが、今も待っているだろう。その袖を、涙の波が越えているだろうか。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 970
詞書「千五百番歌合に」
海辺の旅を詠む一連の二首目である。帰ると頼みにさせて故郷に残してきた人も待っているだろう、その袖を涙の波が越えているだろうかと、旅先から故郷の人を思いやる。詞書によれば、千五百番歌合に出された歌である。
作者名は記されておらず、前歌に続いて藤原家隆の作である。藤原家隆は鎌倉時代初期の歌人で、『新古今和歌集』の撰者の一人である。
場面は旅の途中、場所は故郷を遠く離れた旅先である。
直接の契機は、後鳥羽院が催した千五百番歌合である。
本歌は『古今和歌集』東歌の「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」で、決して波の越えない末の松山を心変わりのない誓いとした歌である。この歌は「末の松」「波」「越す」の語を取っている。
初句「故郷に」は、故郷に、の意である。旅人が故郷に残してきた人を示す。
二句「頼めし人も」は、帰ると約束して当てにさせた人も、の意である。本巻の第九百九首の「来んと頼めし我を待つらん」と同じ「頼めし」の語で、同じく待つ故郷の人を旅人の側から思いやっている。
三句「末の松」は、陸奥国の歌枕末の松山の松である。「松」の音が次の「待つ」を導いている。
四句「待つらん袖に」は、待っているだろうその袖に、の意である。「らん」は目の前にない現在の事柄を推し量る助動詞である。
結句「波や越すらん」は、波が越えているだろうか、の意である。係助詞「や」を受けて「らん」が連体形で結ばれる。本歌では波が末の松山を越えることは心変わりを意味するが、ここでは待つ人の袖を涙の波が越えることとし、あわせて心変わりへの不安をもにじませている。前歌の「波に別るる」に続き、波の語でつながる。
すゑのまつやま:陸奥国の歌枕、波の越えない山とされる
たのむ:下二段活用で、相手に当てにさせる、約束する
- 作者
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藤原家隆
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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