- 歌の意味
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契りを交わしたわけではないが、一夜は過ぎてしまった。清見潟で、波から別れてゆく暁の雲よ。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 969
詞書「百首歌奉りし時旅歌」
海辺の旅を詠む一連の一首目である。契りを交わしたわけではないが一夜は過ぎた、清見潟の波から暁の雲が別れてゆくと、海辺で明かした旅の一夜を詠む。詞書によれば、百首歌を奉った時の旅の歌である。
作者の「家隆朝臣」は藤原家隆である。鎌倉時代初期の歌人で、『新古今和歌集』の撰者の一人である。
場面は旅寝の明け方、場所は駿河国の清見潟である。
直接の契機は、後鳥羽院に百首歌を奉った折の旅の題による詠である。
初句「契らねど」は、契りを交わしたわけではないが、の意である。本巻の第九百六十三首の「契りにて」、第九百六十四首の「契るらん」に続き、「契り」の語が詠まれる。
二句「一夜は過ぎぬ」は、一夜は過ぎてしまった、の意である。完了の「ぬ」で言い切る二句切れである。本巻の第九百六十一首の「ひとよばかりに」と同じく、旅の一夜が詠まれる。
三句「清見潟」は、駿河国の海辺の歌枕で、清見が関のあった地である。
四句「波に別るる」は、波から別れてゆく、の意である。明け方に雲が海面から離れてゆくさまを、恋人たちの別れのように見立てている。
結句「暁の雲」は、明け方の雲、の意で、体言止めで結ばれる。契りを交わさない旅の一夜を、雲と波の後朝の別れとして描いている。ここから海辺の旅の歌が続く。
きよみがた:駿河国の海辺の歌枕
ちぎる:約束する、男女が契りを交わす
- 作者
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藤原家隆
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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