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さすらふる我が身にしあれば象潟や
海人の苫屋にあまたたび寝ぬ

歌の意味
あてもなくさすらう我が身であるので、象潟の海人の苫屋に、幾度も旅寝をしたことだ。
鑑賞
巻第十 羈旅歌 972

詞書「堀河院御時百首歌奉りけるに旅歌」
 海辺の旅を詠む一連の四首目である。さすらう身であるので、象潟の海人の苫屋に幾度も旅寝をしたと、遠い海辺をさまよう旅を詠む。詞書によれば、堀河院の時代に百首歌を奉った時の旅の歌である。
 作者の藤原顕仲は、平安時代後期の官人で歌人である。「朝臣」は四位や五位の者の名に添える敬称である。
 場面はさすらいの旅の途中、場所は出羽国の象潟の海辺である。
 直接の契機は、堀河天皇の時代に歌人たちが百首歌を詠進した『堀河百首』の旅の題による詠である。

 初句「さすらふる」は、あてもなくさまよう、の意である。定まった宿もない旅の身を示す。
 二句「我が身にしあれば」は、我が身であるので、の意である。「し」は強意の助詞で、已然形に「ば」が付いて理由を表す。
 三句「象潟や」は、出羽国の歌枕象潟を呼び出す句である。助詞「や」は詠嘆を込めて地名を示す。本巻の第九百三十三首の「松島や」と同じ形で、遠い北国の海辺の歌枕が詠まれる。
 四句「海人の苫屋に」は、海人の住む苫葺きの小屋に、の意である。第九百三十三首の「雄島の苫屋」に続き、海辺の苫屋が旅の宿りとなっている。
 結句「あまたたび寝ぬ」の「あまたたび」には、「あまた度」の意と「あまた旅」の意が掛けられている。完了の「ぬ」で結ばれる。前歌が日を重ねて都を偲ぶ旅を詠んだのに続き、この歌も幾度も旅寝を重ねる旅を詠み、四句の「海人」と「あまた」が音を重ねて響き合っている。

さすらふ:あてもなくさまよう
とまや:苫で屋根を葺いた粗末な小屋
あまたたび:「あまた度」の意と、「あまた旅」の意を掛ける
作者
藤原顕仲
出典
新古今和歌集
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