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待つほどはいとど心ぞ慰まぬ
姨捨山の有明の月

歌の意味
月の出を待つ間は、いっそう心が慰められないことだ。姨捨山に遅く出る有明の月よ。
鑑賞
巻第十六 雑歌上 1006

詞書「題しらず」
 待つ間はいっそう心が慰まない、姨捨山の有明の月よ、と詠む。姨捨山は、見ても心が慰められない月の名所とされた歌枕である。夜更けてようやく出る有明の月を待つ間は、見て慰めかねる以前に、待つことでいっそう心が慰められないと、古歌の趣向をさらに深めている。
 作者の「八条院六条」は八条院暲子内親王に仕えた女房である。
 本歌は、『古今和歌集』のよみ人しらずの「わが心慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」を踏まえている。また本巻の第千首、第千十五首と結句「有明の月」を共有し、前々歌の第千四首の「慰まず」と、月によって慰められない心を詠む点で通っている。

 初句「待つほどは」は、月の出を待つ間は、の意である。
 二句「いとど心ぞ」の「いとど」は、いっそう、の意で、「ぞ」は強意の係助詞である。
 三句「慰まぬ」の「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の連体形で、二句の「ぞ」の結びとなる。心が慰められない、の意である。ここで句切れとなる。本巻の第千四首の三句「慰まず」と応じる。
 四句「姨捨山の」は、信濃国更級にある山で、月の名所であり、見ても心の慰められない月の地とされた歌枕である。
 結句「有明の月」は、夜更けに出て明け方まで残る月で、呼びかけの体言止めとなっている。本巻の第千首、第千十五首の結句と同じ句である。

をばすてやま:信濃国更級にある山、月の名所の歌枕
ありあけのつき:夜が明けても空に残っている月
作者
八条院六条
出典
千載和歌集
前の歌
山深き松の嵐を身にしめて 誰か寝覚めに月を見るらん
次の歌
世を厭ふ心は月をしたへばや 山の端にのみ思ひいるらん