この世にて六十は馴れぬ秋の月
死出の山路も面変はりすな
- 歌の意味
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この世で六十年も見慣れてきた秋の月よ。死出の山路でも、姿を変えずに照らしておくれ。
- 鑑賞
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巻第十六 雑歌上 1022
詞書「摂政前右大臣の家に百首歌詠ませ侍りける時、月の歌の中に詠める」
摂政前右大臣藤原兼実の家で百首歌を詠ませた時、月の歌の中に詠んだ歌である。この世で六十年見慣れてきた秋の月よ、死出の山路でも面変わりしないでくれ、と詠む。六十年の生涯を共に過ごした親しい月に、死後に越える死出の山路でも同じ姿で照らしてほしいと呼びかけ、老境の身の死を見つめる心を詠んでいる。
作者の「俊恵法師」は源俊頼の子である。東大寺の僧となり、京の白川の自坊を歌林苑と名づけて歌人たちを集めた。鴨長明の師で、小倉百人一首にも歌が採られている。
本巻の第九百九十六首の「面変はりすな」と同じ句を結句とする。第九百九十六首がこの世に再び巡り来た時のことを願うのに対し、本歌は死後の山路での月を願っている。また巻末の第千五十一首の「面変はりせぬ」とも呼応している。
初句「この世にて」は、この世において、の意で、四句の「死出の山路」と対をなす。
二句「六十は馴れぬ」の「六十」は六十年の意、「ぬ」は完了の助動詞で、六十年も見慣れてきた、の意である。
三句「秋の月」は呼びかけで、ここで句切れとなる。
四句「死出の山路も」の「死出の山」は、死後に越えるという冥途の山で、その山路でも、の意である。
結句「面変はりすな」の「な」は禁止の終助詞で、姿を変えないでくれ、の意である。本巻の第九百九十六首の四句と同じ句である。
むそぢ:六十年、六十歳
しでのやま:死後に越えるという冥途の山
おもがはり:顔つきや姿が変わること
- 作者
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俊恵
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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月影の入りぬる跡に思ふかな 迷はむ闇のゆくすゑの空
- 次の歌
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来む世には心のうちにあらはさん 飽かでやみぬる月の光を