このもとにかき集めたる言の葉を
別れし秋の形見とぞ見る
- 歌の意味
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亡き父のもとで書き集められたこの言の葉を、木の下に掻き集めた木の葉のように、お別れしたあの秋の形見として見ることだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1105
詞書「大納言実家がもとに三十六人集を返し遣はしける中に、故大炊御門右大臣の書きて侍りける草子に、書きて押しつけられて侍りける」
藤原実家のもとに三十六人集を返した中に、亡き大炊御門右大臣藤原公能が書写した冊子があり、そこに書いて貼りつけてあった歌である。このもとに書き集めた言の葉を、別れた秋の形見と見ることだ、と詠む。亡き父が書き写した歌集を、木の下に掻き集めた木の葉にたとえ、父と死別した秋の形見として大切に見ていると、弟に伝えている。言の葉、かき集む、秋といった木の葉の縁語を連ね、父を偲ぶ心を込めている。公能は永暦二年(1161)の秋に亡くなった。
作者の「太皇大后宮」は藤原多子である。右大臣藤原公能の娘で、近衛天皇の皇后となり、のちに二条天皇にも入内して「二代の后」と呼ばれた。
次歌の第千百六首は、本歌に対する実家の返歌である。また本巻の第千九十九首の四句「このもとをこそ」と「このもと」を共有し、そちらも親と子をめぐる贈答である。
初句「このもとに」の「このもと」は「木の下」と「此の許」を掛ける掛詞で、木の下に、の意と、父のもとで、の意を重ねている。本巻の第千九十九首の四句「このもとをこそ」、次歌の第千百六首の初句「このもとは」と同じ語である。
二句「かき集めたる」の「かき」は、歌を「書き」集める意と、木の葉を「掻き」集める意を掛ける掛詞である。
三句「言の葉を」は、歌を言い、木の葉の縁語である。
四句「別れし秋の」は、父と死別した秋の、の意である。
結句「形見とぞ見る」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形の「見る」で結ぶ係り結びである。
このもと:「木の下」の意と、「此の許」すなわち父のもとの意を掛ける
かく:歌を「書く」と、木の葉を「掻く」を掛ける
さうし:綴じた本、冊子
かたみ:亡き人をしのぶよすがとなる物
- 作者
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藤原多子
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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山里の寂しき宿の住みかにも かけひの水の解くるをぞ待つ
- 次の歌
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このもとはかく言の葉を見るたびに 頼みしかげのなきぞ悲しき