背かばや真の道は知らずとも
憂き世を厭ふしるしばかりに
- 歌の意味
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世を背いて出家したいものだ。仏の真の道はわからないとしても、せめて憂き世を厭う証としてだけでも。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1111
詞書は前の歌に続き「述懐の歌とて詠み侍りける」
述懐の歌として詠んだ歌である。世を背きたいものだ、真の道は知らなくても、憂き世を厭うしるしとしてだけでも、と詠む。仏道の悟りを深く理解しているわけではないが、それでもせめてこのつらい世を厭う心の証として出家したいと、純粋な求道心というよりも、世を厭う思いの切実さを率直に述べている。
作者の「右近中将忠良」は藤原忠良である。摂政藤原基実の子で、のちに大納言に至った。
前歌の第千百十首がつらいまま世にとどまって年を経る身を詠むのに対し、本歌は世を背きたいと願い、世にとどまる心と世を離れたい心とが並べられている。また本巻の第千六十五首の結句「しるしなるらん」と「しるし」を共有する。
初句「背かばや」の「背く」は世を背いて出家する意で、「ばや」は自己の願望を表す終助詞である。出家したいものだ、の意で、ここで句切れとなる。
二句「真の道は」は、仏の説く真実の道は、の意である。
三句「知らずとも」は、知らないとしても、の意である。
四句「憂き世を厭ふ」は、つらい世を嫌って避ける、の意である。
結句「しるしばかりに」の「しるし」は証拠、あかしの意で、証としてだけでも、の意となる。倒置によって初句に返る。本巻の第千六十五首の結句「しるしなるらん」と「しるし」を共有する。
そむく:世を背く、出家する
しるし:証拠、あかし
- 作者
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藤原忠良
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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身のほどを知らずと人や思ふらん かく憂きながら年を経ぬれば
- 次の歌
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そま川に下すいかだのうきながら 過ぎゆく物は我が身なりけり