身のほどを知らずと人や思ふらん
かく憂きながら年を経ぬれば
- 歌の意味
-
身の程を知らない者だと、人は思っているだろうか。こんなにもつらいままでありながら、世を捨てもせずに年を過ごしてきたので。
- 鑑賞
-
巻第十七 雑歌中 1110
詞書「述懐の歌とて詠み侍りける」
述懐の歌として詠んだ歌である。身の程を知らないと人は思っているだろうか、このようにつらいままで年を経てきたので、と詠む。不遇であるならば世を捨てるなり身を引くなりすべきなのに、つらい境遇のままなお世にとどまり年を重ねている。その姿を、人は身の程知らずと見ているのではないかと、人目を気にする心を通して不遇の身の嘆きを述べている。
作者の「大納言宗家」は藤原宗家である。藤原宗能の子で、大納言に至った。
本巻の第千百十二首の三句「うきながら」と同じ言葉を四句に用い、ともにつらいまま過ぎていく我が身を詠む。また本歌から第千百十二首までは、同じ詞書を持つ述懐の歌が続く。
初句「身のほどを」は、自分の身分や能力の程度を、の意である。
二句「知らずと人や」の「や」は疑問の係助詞で、三句の「らん」で結ぶ。
三句「思ふらん」の「らん」は現在推量の助動詞で、思っているだろうか、の意である。ここで句切れとなり、下の句と倒置の関係にある。
四句「かく憂きながら」は、このようにつらいままで、の意である。本巻の第千百十二首の三句「うきながら」と同じ言葉である。
結句「年を経ぬれば」の「ぬれ」は完了の助動詞「ぬ」の已然形で、「ば」とともに、年を経てしまったので、と理由を示す。
みのほど:自分の身分や能力の程度
- 作者
-
藤原宗家
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
宿りする岩屋の床の苔むしろ 幾夜になりぬ寝こそ寝られね
- 次の歌
-
背かばや真の道は知らずとも 憂き世を厭ふしるしばかりに