人目をば包むと思ふにせきかねて
袖にあまるは涙なりけり
- 歌の意味
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人目をはばかって包み隠そうと思うのに、せき止めかねて袖にあふれるのは涙であったのだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 697
詞書「恋の歌とて詠み侍りける」
恋の歌として詠んだ歌である。人目を包み隠そうと思うのに、せき止めかねて袖にあまるのは涙であった、と詠む。人目を気にして恋を隠そうとしても、袖で受け止めきれないほどの涙があふれ出てしまうことを嘆いている。
作者の「権大納言宗家」は藤原宗家である。内大臣藤原宗能の子で、権大納言に至った。
本歌から第七百首までの四首は同じ詞書のもとに並ぶ恋の歌である。本巻の第六百四十八首の「包めども涙に袖のあらはれて」と趣が通い、結句の「涙なりけり」は第六百六十二首、第六百八十八首の結句と同じ句である。
初句「人目をば」の「をば」は目的語を強める言い方で、人目を、の意である。
二句「包むと思ふに」の「包む」は人目をはばかって隠す意で、「に」は逆接である。第六百四十八首、第六百四十九首の初句「包めども」と同じ動詞である。
三句「せきかねて」は、せき止めかねて、の意である。第六百五十四首の三句「せきわびて」と通う。
四句「袖にあまるは」は、袖で受け止めきれずにあふれるのは、の意である。
結句「涙なりけり」の「けり」は気づきの詠嘆で、涙であったのだ、の意である。第六百六十二首、第六百八十八首の結句と同じ句である。
ひとめ:他人の見る目
せきかぬ:せき止めかねる
- 作者
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藤原宗家
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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流れてもすすぎやするとぬれ衣 人は着すとも身には馴らさじ
- 次の歌
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つれなさに言はで絶えなんと思ふこそ 逢ひ見ぬ先の別れなりけれ