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つれなさに言はで絶えなんと思ふこそ
逢ひ見ぬ先の別れなりけれ

歌の意味
あの人のつれなさゆえに、思いを打ち明けずにこのまま縁を絶ってしまおうと思うことこそが、逢わないうちの別れというものであった。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 698

詞書は前の歌に続き「恋の歌とて詠み侍りける」
 前歌と同じ詞書のもとの恋の歌である。つれなさに、言わずに終わってしまおうと思うことこそ、逢う前の別れであった、と詠む。冷淡な相手に思いを告げることもなく身を引こうと決めたその時が、まだ一度も逢わないうちの別れなのだと、恋の始まりさえないまま終わる悲しさを逆説的に表している。
 作者の「右京大夫季能」は藤原季能である。藤原俊盛の子で、右京大夫を務めた。
 本巻の第七百一首は「逢ひ見て後のつらさ」を詠み、本歌の「逢ひ見ぬ先の別れ」と、逢う前と逢った後とが対になっている。

 初句「つれなさに」は、相手の冷淡さのために、の意である。
 二句「言はで絶えなんと」は字余りである。「なん」は完了の助動詞「ぬ」の未然形に意志の助動詞「む」が付いたもので、言わずに絶えてしまおうと、の意である。
 三句「思ふこそ」の「こそ」は強意の係助詞で、結句の「けれ」と已然形で結ぶ。
 四句「逢ひ見ぬ先の」は、逢わないうちの、の意である。第七百一首の四句「逢ひ見て後の」と対をなす。
 結句「別れなりけれ」の「けれ」は気づきの詠嘆「けり」の已然形で、三句の「こそ」を受けて結ぶ。別れであったのだ、の意である。

あひみる:男女が逢って契りを結ぶ
たゆ:関係が絶える
作者
藤原季能
出典
千載和歌集
前の歌
人目をば包むと思ふにせきかねて 袖にあまるは涙なりけり
次の歌
よそ人に問はれぬるかな君にこそ 見せばやと思ふ袖の雫を