- 歌の意味
-
水の江の吉野の宮は古びて神々しくなり、浦を吹く松風も年を重ねた響きを立てている。
- 鑑賞
-
巻第十七 雑歌中 1604
詞書「千五百番歌合に」
海辺の浦を詠む一連の三首目である。水の江の吉野の宮は古びて神々しく、浦の松風も年を重ねたように吹くと詠む。詞書によれば、千五百番歌合に出詠された歌である。
作者の「正三位季能」は藤原季能である。平安時代末から鎌倉時代初めの公卿で、正三位に至った。
千五百番歌合は、建仁元年(1201)に後鳥羽院が企てた歌合で、三十人の百首歌を千五百番に番えたものである。
初句「水の江の」は、水辺の入り江の、の意で、次の「吉野の宮」を修飾する。
二句「吉野の宮は」は、古い離宮をいう。「は」によって主題として取り立てる。
三句「神さびて」は、古びて神々しくなって、の意である。宮の古さを示す。
四句「齢たけたる」は、年齢を重ねた、の意である。宮の古さを受けて、松風までも年老いたように感じ取っている。
結句「浦の松風」は体言止めである。本巻の第千五百八十八首で浜の松の古さが詠まれたのと同じく、松に長い歳月を重ねて見ている。
かみさぶ:古びて神々しくなる
よはひ:年齢
たく:年齢を重ねる
- 作者
-
藤原季能
- 出典
-
新古今和歌集
- 前の歌
-
和歌の浦を松の葉越しに眺むれば 梢に寄する海人の釣舟
- 次の歌
-
今さらに住み憂しとてもいかがせん 灘の塩屋の夕暮の空