今さらに住み憂しとてもいかがせん
灘の塩屋の夕暮の空
- 歌の意味
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今さら住みにくいと思ったところで、どうしようもない。灘の塩屋から眺める夕暮れの空よ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1605
詞書「海辺の心を」
海辺の浦を詠む一連の四首目である。今さら住みにくいと思ってもどうしようもない、灘の塩屋の夕暮の空であると詠む。詞書によれば、海辺を題として詠んだ歌である。
作者の「藤原秀能」は、後鳥羽院に仕えた北面の武士で、院に歌才を認められた。承久の乱ののちに出家した。
初句「今さらに」は、今になって改めて、の意である。すでにこの地に住みなれた身であることを示す。
二句「住み憂しとても」は、住みづらいと思っても、の意である。
三句「いかがせん」は、どうしようもない、の意の反語である。ここで句が切れる三句切れとなる。
四句「灘の塩屋の」は、灘の海辺に建つ塩焼き小屋の、の意である。本巻の第千五百九十首の「芦の屋の灘の塩焼き」と同じく、灘の塩焼きの景を受けている。
結句「夕暮の空」は体言止めで、住み憂さを抱えたまま眺める夕暮れの空に、思いを託して結ぶ。
しほや:塩を焼くための小屋
なだ:波の荒い海
- 作者
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藤原秀能
- 出典
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新古今和歌集
- 前の歌
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水の江の吉野の宮は神さびて 齢たけたる浦の松風
- 次の歌
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大淀の浦に立つ波かへらずは 松の変はらぬ色を見ましや