大淀の浦に立つ波かへらずは
松の変はらぬ色を見ましや
- 歌の意味
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大淀の浦に立つ波が寄せては返るように、私が再びこの地に帰って来なかったなら、松の変わらない緑の色を見ることがあっただろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1606
詞書「娘の斎王に具して下り侍りて大淀の浦に禊し侍るとて」
浦の松を詠む一連の一首目である。大淀の浦に立つ波が返るように、自分が再びこの地に帰って来なかったなら、松の変わらない色を見ることもなかっただろうと詠む。詞書によれば、斎王となった娘に付き添って伊勢に下り、大淀の浦で禊をした折の歌である。
作者の「女御徽子女王」は、醍醐天皇の皇子重明親王の娘である。村上天皇の女御となり、斎宮女御と呼ばれた。
徽子女王は若い頃に斎宮として伊勢に下ったことがあり、のちに娘の規子内親王が斎宮となった際、付き添って再び伊勢に下った。
斎王は、天皇の代わりに伊勢神宮に仕えた未婚の皇女で、折々に禊を行って身を清めた。大淀の浦は伊勢国の海辺で、現在の三重県多気郡明和町のあたりである。
初句「大淀の」は、伊勢の大淀の浦をいう。
二句「浦に立つ波」は、浦に立つ波である。寄せては返る波を示し、次の「かへらず」を導く。
三句「かへらずは」には、波が返る、の意と、自分がこの地に帰って来る、の意が掛けられている。「ずは」は、もし〜しなかったならば、の意である。
四句「松の変はらぬ」は、松の変わらない、の意である。常緑の松は、年を経ても変わらないものの象徴である。
結句「色を見ましや」は、反実仮想の助動詞「まし」に反語の「や」が付き、見ることがあっただろうか、いやなかった、の意である。三句の「ずは」と呼応し、再び伊勢を訪れた感慨を詠む。
さいわう:伊勢神宮に仕えた未婚の皇女。斎宮
みそぎ:川や海の水で身を清めること
ぐす:連れ立つ。付き従う
かへる:波が返る意と、自分が帰って来る意を掛ける
- 作者
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徽子女王
- 出典
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新古今和歌集
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今さらに住み憂しとてもいかがせん 灘の塩屋の夕暮の空
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待つ人は心ゆくともすみよしの 里にとのみは思はざらなん