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そま川に下すいかだのうきながら
過ぎゆく物は我が身なりけり

歌の意味
杣川に流し下す筏が水に浮いたまま流れ過ぎてゆくように、つらいままで年月とともに過ぎてゆくのは我が身であったことだ。
鑑賞
巻第十七 雑歌中 1112

詞書は前の歌に続き「述懐の歌とて詠み侍りける」
 述懐の歌として詠んだ歌である。杣川に下す筏が浮きながら流れていくように、つらいまま過ぎていくのは我が身であったことだ、と詠む。山から木材を流し下す筏が、水に浮いたまま流されていくさまに、つらい境遇のまま月日に押し流されていく我が身を重ねている。初句、二句は「うき」を導く序詞となっている。
 作者の「二条太皇太后宮別当」は二条太皇太后宮に仕えた女房で、伝記の詳細は明らかでない。
 本巻の第千百十首の四句「かく憂きながら」と「うきながら」を共有し、ともにつらいまま過ぎていく我が身を詠む。

 初句「そま川に」の「そま川」は、杣山から伐り出した木材を流し下す川である。
 二句「下すいかだの」は、流し下す筏の、の意である。初句とともに三句の「うき」を導く序詞となっている。
 三句「うきながら」の「うき」は、筏が水に「浮き」と、身の「憂き」を掛ける掛詞である。本巻の第千百十首の四句「かく憂きながら」と同じ言葉である。
 四句「過ぎゆく物は」は、筏が流れ過ぎることと、年月とともに身が過ぎていくことを重ねている。
 結句「我が身なりけり」の「けり」は詠嘆で、我が身であったことだと、改めて気づいた思いを表している。

そまがは:杣山から伐り出した木材を流し下す川
うき:「浮き」と「憂き」を掛ける
いかだ:木材を組んで川に流すもの
作者
二条太皇太后宮別当
出典
千載和歌集
前の歌
背かばや真の道は知らずとも 憂き世を厭ふしるしばかりに
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おのづからあればある世にながらへて 惜しむと人に見えぬべきかな