つくづくと思へば悲し暁の
寝覚めも夢を見るにぞありける
- 歌の意味
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つくづくと考えてみると悲しいことだ。暁に目を覚ましているこのひとときも、実はこの世という夢を見ているのであったことだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1139
詞書「題知らず」
つくづくと思うと悲しい、暁の寝覚めも夢を見ているのであったことだ、と詠む。夜明け前に目を覚まし、夢から覚めたと思っても、その目覚めている現実もまた、この世という夢の中のことにすぎない。どこまで行っても夢から覚めることのない、無常の世に生きる身の悲しみを詠んでいる。
作者の「殷富門院大輔」は藤原信成の娘である。殷富門院亮子内親王に仕え、多くの歌を詠んだ歌人として知られる。
次歌の第千百四十首と「寝覚め」を共有する。また本巻の第千百二十三首から第千百三十首にかけての夢と現の歌と、この世を夢と見る点で通う。
初句「つくづくと」は、しみじみと深く、の意である。
二句「思へば悲し」は、思うと悲しい、の意で、ここで句切れとなる。
三句「暁の」は、夜明け前のまだ暗いころの、の意である。
四句「寝覚めも夢を」は、目を覚ましていることも夢を、の意である。次歌の第千百四十首の四句「寝覚めぞあらぬ」と「寝覚め」を共有する。
結句「見るにぞありける」の「ぞ」は強意の係助詞で、詠嘆の助動詞「けり」の連体形「ける」で結ぶ係り結びである。
ねざめ:夜中や明け方に目を覚ますこと
あかつき:夜明け前のまだ暗いころ
- 作者
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殷富門院大輔
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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寂しさを憂き世にかへて忍ばずは ひとり聞くべき松の風かは
- 次の歌
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まどろみてさてもやみなばいかがせん 寝覚めぞあらぬ命なりける