まどろみてさてもやみなばいかがせん
寝覚めぞあらぬ命なりける
- 歌の意味
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うとうとと眠って、そのまま命が絶えてしまったならどうしようか。こうして寝覚めることこそが、あるとも思えない命がまだ続いていることの証であったのだ。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1140
詞書「題知らず」
まどろんでそのまま終わってしまったらどうしよう、寝覚めこそがあるとも思えない命であったのだ、と詠む。老いや病の身であれば、ふと眠ったまま命が尽きてしまうかもしれない。そうであれば、夜中に目を覚ますたびに、まだ命が続いていることを知るのであり、寝覚めこそが思いがけず残っている命のあかしであると、死と隣り合わせに生きる心境を詠んでいる。
作者の「西住法師」は俗名を源季政という。西行と親しく、ともに修行の旅をした。
前歌の第千百三十九首と「寝覚め」を共有する。前歌が寝覚めも夢であると詠むのに対し、本歌は寝覚めこそが命のあかしであると詠み、対照をなしている。
初句「まどろみて」は、うとうとと眠って、の意である。本巻の第千百二十五首の二句「まどろむほどは」と「まどろむ」を共有する。
二句「さてもやみなば」の「やむ」は終わる意で、ここでは命が絶えることを言う。「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形で、「ば」とともに仮定を表す。そのまま終わってしまったならば、の意である。
三句「いかがせん」は、どうしようか、の意で、ここで句切れとなる。
四句「寝覚めぞあらぬ」の「ぞ」は強意の係助詞で、結句の「ける」で結ぶ。「あらぬ」は、あるとも思えない、の意である。前歌の第千百三十九首の四句「寝覚めも夢を」と「寝覚め」を共有する。
結句「命なりける」の「ける」は詠嘆の助動詞「けり」の連体形で、係り結びの結びである。
やむ:終わる、ここでは命が絶える
- 作者
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西住
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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つくづくと思へば悲し暁の 寝覚めも夢を見るにぞありける
- 次の歌
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先立つを見るはなほこそ悲しけれ おくれ果つべきこの世ならねど