- 歌の意味
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花が散り積もる墓の苔の下にも、桜の花よ、生前に花を惜しんだ父の心は、今もなお残っているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1155
詞書「春頃久我にまかれりけるついでに、父の大臣の墓所のあたりの花の散りけるを見て、昔花を惜しみ侍りける心ざしなど思ひ出でて詠み侍りける」
春のころ久我に出かけた折に、父の内大臣源雅通の墓所のあたりの花が散るのを見て、父が昔花を惜しんでいた心などを思い出して詠んだ歌である。散り積もる苔の下にも、桜の花よ、花を惜しむ心がなお残っているだろうか、と詠む。墓の上に花が散り積もるのを見て、生前花を愛し、散るのを惜しんだ父の心は、苔の下に眠る今もなお残っていて、この散る花を惜しんでいるだろうかと、亡き父をしのんでいる。なお原文の詞書は「暮所」とあるが、「墓所」の誤りと見て改めた。
作者の「権中納言通親」は源通親である。内大臣源雅通の子で、のちに内大臣に至り、土御門天皇の外祖父として権勢をふるった。
本巻の第千百四十四首の四句「苔の下には」と「苔の下」を共有する。また本巻の第千六十七首が後世の供養に桜を供えよと詠むのと、死後も桜に心を寄せる点で通う。巻頭の第千五十二首、第千五十三首と同じく三句に「桜花」を置いて花に呼びかけており、巻の終わり近くで再び桜の歌が現れている。
初句「散り積もる」は、花が散って積もる、の意である。
二句「苔の下にも」は、苔の生えた墓の下にも、の意である。本巻の第千百四十四首の四句「苔の下には」と同じ言葉である。
三句「桜花」は花への呼びかけである。巻頭の第千五十二首、第千五十三首の三句「桜花」と同じく、三句に置かれている。
四句「惜しむ心や」の「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」で結ぶ。生前に花を惜しんだ父の心を言う。
結句「なほ残るらん」の「らん」は現在推量の助動詞で、今もなお残っているのだろうか、の意である。
こが:山城国の地名で、久我家の別業があった
ぼしよ:墓のある所
こけのした:苔の下、墓の中
- 作者
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源通親
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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初瀬山入相の鐘を聞くたびに 昔の遠くなるぞ悲しき
- 次の歌
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嬉しさをかへすがへすも包むべき 苔の袂の狭くもあるかな