誓ひをば千尋の海にたとふなり
露も頼まば数に入りなん
- 歌の意味
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観音の誓いを、千尋もの深い海にたとえている。それならば、ほんのわずかでも頼みにすれば、救われる人の数に入ることだろう。
- 鑑賞
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巻第十九 釈教歌 1216
詞書「百首歌召しける時、普門品、弘誓深如海の心を詠ませ給うける」
百首歌を召した折、観世音菩薩普門品の、観音の弘い誓いは海のように深い、という句の心を詠んだ歌である。誓いを千尋の海にたとえている、露ほども頼めば救われる数に入るだろう、と詠む。海ほど深く広い誓いであれば、露のようにわずかな信心でも漏らさず受け入れてくれるはずだと、海と露との大小の対比によって、観音の慈悲の広大さを詠んでいる。
作者の「崇徳院御製」は、鳥羽天皇の第一皇子で第七十五代の天皇となった崇徳院の御製である。和歌を好み、『久安百首』を召し、『詞花和歌集』の撰進を命じた。保元の乱に敗れて讃岐に配流され、その地で没した。
次歌の第千二百十七首は、詞書に同じ百首の時とあり、この百首歌の折の歌が続く。本巻の第千二百三十八首も観音の誓いを詠み、本歌が誓いを海にたとえたのに対し、同歌は枯れ木に花を咲かせる春にたとえている。
初句「誓ひをば」の「誓ひ」は衆生を救おうとする観音の誓願で、「をば」は対象を強調している。
二句「千尋の海に」の「千尋」は非常に深いことで、詞書の「深如海」を受けている。
三句「たとふなり」は、たとえている、の意で、経文がそうたとえていることを言う。ここで句切れとなる。
四句「露も頼まば」の「露も」は、ほんの少しでも、の意で、二句の「海」と大小の対をなしている。
結句「数に入りなん」の「数に入る」は救われる者の仲間に加わる意で、「なん」は完了の助動詞「ぬ」の未然形に推量の助動詞「む」が付き、きっと入るだろう、の意となる。
ちひろ:非常に深いこと、また長いこと
ぐぜい:仏や菩薩が衆生を救おうと立てた広大な誓い
ふもんぼん:法華経観世音菩薩普門品、観音の救いを説く
- 作者
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崇徳院
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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わび人の心のうちをよそながら 知るや悟りの光なるらん
- 次の歌
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はかなくぞ三世の仏と思ひける わが身ひとつにありと知らずて