世を救ふ跡は昔に変はらねど
始め立てけん時をしぞ思ふ
- 歌の意味
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世を救う聖の遺した跡は昔と変わらないけれど、この寺を初めて建てたであろう時のことを、ことさらに思うのである。
- 鑑賞
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巻第十九 釈教歌 1253
詞書「天王寺御幸の時、古寺忍昔といへる心を詠める」
天王寺への御幸の折、古い寺に昔をしのぶ、という題の心を詠んだ歌である。四天王寺は聖徳太子が建立したと伝えられる寺である。世を救う跡は昔に変わらないが、初めて建てた時を思う、と詠む。人々を救う寺の姿は昔のままであるが、太子が初めてこの寺を建てた遠い昔のことがしのばれると、創建の時への思いを詠んでいる。
作者の「藤原定長朝臣」は藤原光房の子で、後白河院の近臣として仕えた。寂蓮の俗名と同名の別人である。
次歌の第千二百五十四首も天王寺に参詣して詠んだ歌で、天王寺の歌が二首並ぶ。
初句「世を救ふ」は、世の人々を救う、の意で、聖徳太子の救世の志を言う。
二句「跡は昔に」の「跡」は、寺の姿、また太子の遺した跡である。
三句「変はらねど」の「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形、「ど」は逆接の接続助詞である。
四句「始め立てけん」の「けん」は過去推量の助動詞「けむ」の連体形で、初めて建てたであろう、の意である。
結句「時をしぞ思ふ」の「し」は強意の副助詞、「ぞ」は強意の係助詞で、連体形の「思ふ」で結ぶ。詞書の「忍昔」を受けている。
ごかう:上皇や法皇などが出かけること
- 作者
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藤原定長
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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鳥の音も波の音にぞ通ふなる 同じ御法を説けばなりけり
- 次の歌
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常ならぬためしは夜半の煙にて 消えぬ名残を見るぞうれしき