鳥の音も波の音にぞ通ふなる
同じ御法を説けばなりけり
- 歌の意味
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鳥の声も波の音に通い合うという。それは、同じ仏法を説いているからなのであった。
- 鑑賞
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巻第十九 釈教歌 1252
詞書「阿弥陀経の心を詠める」
阿弥陀経の心を詠んだ歌である。阿弥陀経には、極楽浄土ではさまざまな鳥が和やかな声で法を説き、宝の池や木々のたてる音も、聞く者に仏法を念じさせると説かれる。鳥の声も波の音に通うというのは、同じ御法を説くからであった、と詠む。極楽の鳥の声と池の波の音とが響き合うのは、どちらも同じ仏法を説いているからだと、浄土の調和を詠んでいる。
作者の「平康頼」は後白河院に仕えた官人で、鹿ケ谷の謀議に加わって鬼界島に流され、のちに許されて都に帰った。仏教説話集『宝物集』の作者とされる。
なお本文の結句は「とけはなりけり」とあり、読み仮名の行の「きけはなりけり」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「鳥の音も」は、極楽の鳥の鳴き声も、の意である。
二句「波の音にぞ」の「波」は極楽の宝池の波で、「ぞ」は強意の係助詞、三句の連体形「なる」で結ぶ。
三句「通ふなる」の「なる」は伝聞の助動詞「なり」の連体形で、通い合うという、の意である。ここで句切れとなる。
四句「同じ御法を」は、同じ仏法を、の意である。
結句「説けばなりけり」は、説いているからであった、の意で、「けり」は気づきを表す詠嘆の助動詞である。
あみだきやう:極楽浄土のありさまと念仏往生を説く経典
- 作者
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平康頼
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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煙だにしばしたなびけ鳥辺山 立ち別れにし形見とも見ん
- 次の歌
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世を救ふ跡は昔に変はらねど 始め立てけん時をしぞ思ふ