煙だにしばしたなびけ鳥辺山
立ち別れにし形見とも見ん
- 歌の意味
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せめて煙だけでも、しばらくたなびいていてくれ、鳥辺山よ。別れていった人の形見としても見よう。
- 鑑賞
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巻第十九 釈教歌 1251
詞書「火盛久不燃といへる心を詠める」
火は盛んであっても久しくは燃えない、という経文の句の心を詠んだ歌である。煙だけでもしばしたなびけ、鳥辺山よ、立ち別れた人の形見としても見よう、と詠む。鳥辺山は京の東山にあった火葬の地である。盛んに燃えた火も久しからず消えるように人の命もはかないことを思い、せめて亡き人を送る煙だけでも、形見として少しの間とどまってほしいと願っている。
作者の「寂然法師」は俗名を藤原頼業といい、丹後守藤原為忠の子である。兄弟の寂超、寂念とともに大原に隠棲し、常盤三寂、大原三寂と呼ばれた。西行と親しく交わった。
本巻の第千二百九首は荼毘の煙が澄んで消えた後の舎利を詠み、本歌は消えようとする火葬の煙をとどめようとしている。
初句「煙だに」の「煙」は火葬の煙で、「だに」は、せめて…だけでも、の意を表す副助詞である。本巻の第千二百九首の二句「煙も澄みて」、第千二百五十四首の三句「煙にて」と同じく、荼毘の煙を詠む。
二句「しばしたなびけ」の「たなびけ」は、横に長く漂え、の意の命令形である。
三句「鳥辺山」は京の東山の火葬の地で、呼びかけの形である。ここで句切れとなる。
四句「立ち別れにし」の「立ち」に煙が立つ意を響かせ、「に」は完了、「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、別れていってしまった、の意である。
結句「形見とも見ん」の「形見」は亡き人をしのぶよすがで、「ん」は意志の助動詞である。
とりべやま:京都東山の火葬の地
かたみ:亡き人や別れた人をしのぶよすが
- 作者
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寂然
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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清く澄む心の底を鏡にて やがてぞ映る色も姿も
- 次の歌
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鳥の音も波の音にぞ通ふなる 同じ御法を説けばなりけり