思ひきや志賀の浦波立ち返り
またあふみともならむものとは
- 歌の意味
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思いもしなかった。志賀の浦の波が寄せ返すように都に立ち帰り、再びこの近江の神にお会いできる身になろうとは。
- 鑑賞
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巻第十七 雑歌中 1120
詞書「心のほかなることにて、知らぬ国にまかれりけるを、事直りて京に上りて後、日吉の社に参りて詠める」
思いもよらない事件によって見知らぬ国に流されていたが、許されて京に上った後、日吉社に参詣して詠んだ歌である。思いもしなかった、志賀の浦波が立ち返るように、また近江で神にお会いする身になろうとは、と詠む。遠い島に流されて二度と都に帰れないかと思われたのに、許されて再び日吉の神前に参ることのできた喜びと感謝を、近江の歌枕である志賀の浦の波に託している。
作者の「平康頼」は平安時代末期の官人で、後白河院に仕えた。鹿ケ谷の陰謀に加わったとして鬼界ヶ島に流され、のちに許されて帰京した。仏教説話集『宝物集』の作者とされる。
本巻の第千百十八首が赦免に漏れた嘆きを詠むのに対し、本歌は許されて帰京した喜びを詠み、対照をなしている。
初句「思ひきや」の「き」は過去の助動詞、「や」は反語で、思っただろうか、いや思いもしなかった、の意である。ここで句切れとなり、下の句と倒置の関係にある。
二句「志賀の浦波」は、近江国の琵琶湖西岸の歌枕である志賀の浦の波である。日吉社のある近江の景を詠み込んでいる。
三句「立ち返り」は、波が寄せては返す意と、都に立ち帰る意を重ねている。初句、二句から波の縁で「立ち返り」へ続く。
四句「またあふみとも」の「あふみ」は、「逢ふ身」と「近江」を掛ける掛詞で、再び神にお会いできる身と、近江の地とを重ねている。
結句「ならむものとは」は、なろうとは、の意で、初句の「思ひきや」に返っていく。
あふみ:「逢ふ身」と「近江」を掛ける
しがのうら:近江国の琵琶湖西岸の歌枕
ひえのやしろ:近江国坂本の日吉社
ことなほる:罪が許されて、もとの身に戻る
- 作者
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平康頼
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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かくばかり憂き身なれども捨て果てむと 思ふになれば悲しかりけり
- 次の歌
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かくばかり憂き世の中を忍びても 待つべきことの末にあるかは