- 歌の意味
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薩摩潟の沖の小島に私がいると、親には告げてくれ。幾重にも重なる潮路を吹き渡る潮風よ。
- 鑑賞
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巻第八 羈旅歌 542
詞書は前の歌に続き「心の外なることありて、知らぬ国に侍りける時よめる」
前歌に続き、鬼界が島に流されていた時に詠んだ歌である。薩摩潟の沖の小島に私がいると親には告げてくれ、幾重にも重なる潮路を吹き渡る潮風よ、と詠む。遠い島に流され、都にいる親に消息を伝えるすべもない作者が、潮風に呼びかけて思いを託す、切実な望郷の歌である。
作者の「平康頼(法名性照)」は後白河院に仕えた北面の武士である。治承元年(1177)の鹿ケ谷の陰謀に加わったとして、俊寛、藤原成経とともに鬼界が島に流され、翌年赦されて帰京した。出家して性照と号し、仏教説話集「宝物集」を著した。
平家物語には、康頼がこの歌などを千本の卒塔婆に書いて海に流し、その一本が安芸国の厳島に流れ着いたという話が見える。また古今和歌集の小野篁の歌に、隠岐へ流される時、大海原の島々をめざして漕ぎ出したと人に告げてくれと海人の釣舟に呼びかけるものがあり、小倉百人一首にも採られている。配流の身から呼びかけて消息を託す趣向が本歌に通じている。
初句「薩摩潟」は薩摩国の沖の海で、鬼界が島のある方面をいう。
二句「沖の小島に」は、沖にある小さな島に、の意で、作者が流された鬼界が島を指す。
三句「我ありと」は、私がここにいると、の意である。
四句「親には告げよ」の「告げよ」は命令形で、親には知らせてくれ、の意である。ここで句切れとなる。
結句「八重の潮風」の「八重」は幾重にも重なる意で、遠く隔たる潮路を吹き渡る潮風への呼びかけとなる。体言止めとし、四句と倒置の関係にある。
さつまがた:薩摩国の沖の海
やへ:幾重にも重なること
しほかぜ:海から吹く風
- 作者
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平康頼
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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かくばかり憂き身のほども忘られて なほ恋しきは都なりけり
- 次の歌
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東路も年も末にやなりぬらん 雪降りにけり白河の関