- 歌の意味
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東国への道も行き着く果てに、年も暮れの果てになったのだろうか。雪が降ったことだ、白河の関に。
- 鑑賞
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巻第八 羈旅歌 543
詞書「羈中歳暮といへる心をよめる」
旅の途中の歳の暮れという題で詠んだ歌である。東国への道も行き着く果てに、年も暮れの果てになったのだろうか、雪が降ったことだ、白河の関に、と詠む。旅路の果てである陸奥の入り口に至った時、年もまた暮れようとしていることを雪によって知り、旅の長さと歳月の移ろいとを重ねている。
作者の「僧都印性」は藤原長輔の子の僧である。僧都は僧の位の一つである。
後拾遺和歌集の能因法師の歌に、都を春霞とともに出立したのに、白河の関ではもう秋風が吹いていると詠むものがある。本歌はこれを踏まえ、能因の秋風に対し、さらに季節が進んで雪の降る白河の関を詠んでいる。
初句「東路も」の「東路」は東国への道で、「も」は二句の「年も」と並べて、道も年も、の意を示す。
二句「年も末にや」の「末」は、道の果てと年の暮れとを兼ねていう。「や」は疑問の係助詞で、三句の「らん」と連体形で結ぶ。
三句「なりぬらん」の「ぬ」は完了の助動詞、「らん」は現在推量の助動詞で、なったのだろうか、の意である。ここで句切れとなる。
四句「雪降りにけり」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「けり」は詠嘆の助動詞で、雪が降ったことだ、の意である。ここで句切れとなる。
結句「白河の関」は陸奥国の入り口にあった関所の歌枕で、体言止めとする。能因法師の歌の結句と同じ「白河の関」である。
あづまぢ:東国への道
しらかはのせき:陸奥国の入り口にあった関所で、歌枕
- 作者
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印性
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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薩摩潟沖の小島に我ありと 親には告げよ八重の潮風
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岩根踏み峰の椎柴折り敷きて 雲に宿借る夕暮の空