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石清水清き流れの絶えせねば
宿る月さへ隈なかりけり

歌の意味
石清水の清らかな流れが絶えることがないので、その水に宿る月の光までも、曇りなく澄みわたっていることだ。
鑑賞
巻第二十 神祇歌 1280

詞書「石清水の社の歌合とて、人々詠み侍りける時、社頭月といへる心を詠める」
 石清水社の歌合で人々が歌を詠んだ折、社頭の月という題を詠んだ歌である。石清水の清き流れが絶えないので、宿る月までも隈がない、と詠む。石清水八幡宮の名のもととなった清らかな湧き水が絶えず流れることに、八幡の神の恵みが絶えないことを重ね、その水に映る月も一点の曇りもなく澄んでいると、神域の清らかさをたたえている。本文では、この詞書の前に前歌の左注と見られる一文があり、詞書と作者名が続けて記されている。ここでは詞書と作者を分けて扱う。
 作者の「能蓮法師」は平安時代後期の僧で、伝記の詳細は明らかでない。
 本巻の第千二百六十四首、第千二百六十五首と同じく社頭月の題を詠み、住吉の月に対して石清水の月を詠む。前歌の第千二百七十九首が雲の晴れることを願ったのに対し、本歌は隈なく澄む月を詠んでいる。

 初句「石清水」は山城国男山の石清水八幡宮で、その名の由来となった清水を詠み込んでいる。
 二句「清き流れの」は清らかな水の流れで、八幡の神の恵みの絶えないことを重ねている。
 三句「絶えせねば」の「絶えす」は絶える意で、「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形、絶えないので、の意である。
 四句「宿る月さへ」の「宿る」は水に映る意で、「さへ」は、…までも、の意である。
 結句「隈なかりけり」の「隈なし」は曇りや陰がない意で、「けり」は気づきを表す詠嘆の助動詞である。

くま:光の当たらない暗い所、曇り
たえす:絶える
作者
能蓮
出典
千載和歌集
前の歌
月読の神し照らさばあだ雲の かかる憂き世も晴れざらめやは
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常磐なる神南備山の榊葉を さしてぞ祈る万代のため