- 歌の意味
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常緑の神南備山の榊の葉を挿して、ひたすらに祈ることだ。君の万代の御代のために。
- 鑑賞
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巻第二十 神祇歌 1281
詞書「長元九年後朱雀院の御時、大嘗会主基方の神遊びの歌、丹波国神南備山を詠める」
長元九年(1036)、後朱雀天皇の大嘗会で、主基方の神遊びの歌として丹波国の神南備山を詠んだ歌である。大嘗会は天皇が即位後に初めて行う新嘗祭で、悠紀と主基の二国が選ばれ、その国の名所を詠んだ歌が奉られた。常磐の神南備山の榊葉を挿して祈る、万代のために、と詠む。いつも緑の変わらない榊に御代の永続を託し、天皇の万代の御代を祈っている。
作者の「藤原義忠朝臣」は平安時代中期の儒者で、文章博士を務めた。
ここから巻末まで、大嘗会の悠紀方と主基方の歌が御代の順に並ぶ。本巻の第千二百八十六首も主基方として丹波国の神南備山を詠み、ともに神南備山の榊を詠んでいる。
初句「常磐なる」は、常に変わらない、の意で、常緑の榊と御代の永続とを重ねている。
二句「神南備山の」は丹波国の神南備山で、主基方の国の地名を詠み込んでいる。本巻の第千二百八十六首の三句「神南備の」と同じ山である。
三句「榊葉を」は神事に用いる榊の葉で、本巻の第千二百六十首の三句「榊葉を」と同じ句である。
四句「さしてぞ祈る」の「さす」は、榊を「挿す」意と、ひたすらにある方へ「指す」意とを掛けている。「ぞ」は強意の係助詞で、連体形の「祈る」で結ぶ。巻頭の第千二百五十六首の二句「さして」と同じ語である。
結句「万代のため」は、天皇の御代が万代まで続くように、の意で、体言止めとなっている。
さす:榊を「挿す」意と、ひたすらにある方へ「指す」意とを掛ける
だいじやうゑ:天皇が即位後に初めて行う新嘗祭
すき:大嘗会で悠紀に次いで新穀を奉る国、またその儀
かみあそび:神前で奏する歌舞、神楽
- 作者
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藤原義忠
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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石清水清き流れの絶えせねば 宿る月さへ隈なかりけり
- 次の歌
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動きなく千代をぞ祈る石屋山 とる榊葉の色変へずして