過ぎにしも今日別るるも二道に
行く方知らぬ秋の暮かな
- 歌の意味
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亡くなってしまった人も、今日別れていく人も、それぞれ二つの道に分かれて、その行方も分からない秋の暮れであることだ。
- 鑑賞
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第一部 夕顔
空蝉が伊予へ下るその日、源氏は夕顔を失った悲しみと、空蝉との別れとを同時に抱えることになる。この年の秋は源氏にとって喪失の続いた季節であり、その締めくくりとして詠まれたのがこの歌である。夕顔巻はこの一首をもって閉じられ、物語は若紫巻へと移っていく。
「過ぎにし」は亡くなった夕顔を、「今日別るる」は都を離れる空蝉を指し、二人の女性を一首の中に並べている。「二道」は分かれた二つの道で、死別と生き別れという性質の異なる別れが、同じ「行く方知らぬ」という言葉でまとめられている。「秋の暮」は秋の夕暮れと秋の終わりの両方を含み、季節の終わりが物語の一区切りと重なる。源氏の十七歳の夏から十月までを描いた夕顔巻を、静かに閉じる一首である。
過ぎにし:亡くなってしまった。
二道:分かれた二つの道。
行く方知らぬ:行き先が分からない。
秋の暮:秋の夕暮れと、秋の終わりを掛ける。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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