影をのみ御手洗川のつれなきに
身の憂きほどぞいとど知らるる
- 歌の意味
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御手洗川に映る影を見るばかりで、そのつれない素振りに、わが身のつらさがいっそう思い知られる。
- 鑑賞
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第一部 葵
新斎院の御禊の日、供奉する源氏の姿を見ようと、六条御息所は身分を隠して見物に出る。しかしそこへ懐妊中の葵の上の一行が乗り込み、供の者たちが乱暴に車を押しのけてしまう。御息所の車は榻まで折られ、奥へ押しやられて何も見えなくなる。やがて行列が通り、源氏は素知らぬ顔で過ぎていく。そのときに涙とともに詠まれたのがこの歌である。この屈辱が、後に生霊となって葵の上を苦しめる発端となる。
「影」は水に映る姿の意で、遠くから見るだけの源氏を指す。「御手洗川」は賀茂の禊を行う川で、その日の場をそのまま歌に取り込んでいる。「みたらし」の音に「見た」を響かせ、「つれなき」が川の水の冷たさと源氏の素振りの両方を受ける形になっている。人前で恥をかかされた場面でありながら、恨みを人に向けず、わが身のつらさとして引き受けている点に、この人の矜持が表れている。
影:水に映る姿。
御手洗川:神社の前を流れ、禊を行う川。賀茂川を指す。
つれなし:冷淡だ、そしらぬ顔だ。
身の憂き:わが身のつらさ。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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