今も見てなかなか袖を朽たすかな
垣ほ荒れにし大和撫子
- 歌の意味
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今こうして見ても、かえって袖を涙で朽ちさせることだ。垣根の荒れてしまった大和撫子を。
- 鑑賞
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第一部 葵
源氏から撫子を贈られた大宮は、風が吹くだけでも木の葉より脆く涙を落とす日々であったから、こらえるすべもなくこの歌を返す。娘を失った悲しみに加え、その忘れ形見である孫を見るにつけても、かえって悲しみが募るという内容である。この後、源氏は朝顔の姫君にも文を送り、暮れてからは女房たちを前にして語らうことになる。
「なかなか」はかえって、むしろの意で、慰めになるはずのものが逆に悲しみを深めるという逆説を導く。「朽たす」は涙で袖を朽ちさせるほど泣くことである。「垣ほ荒れにし」は垣根が荒れたということで、母を失った家の様子をたとえ、相手の歌の「まがき」を受け継いでいる。「大和撫子」は日本の撫子で、これも相手の語を受け直したものである。贈答の語をすべて引き取りながら、形見という慰めの論理をそのまま否定してみせている。
なかなか:かえって、むしろ。
朽たす:朽ちさせる。涙で袖をだめにするほど泣く。
垣ほ:垣根。
大和撫子:日本の撫子。ここでは若君。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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