振り捨てて今日は行くとも鈴鹿川
八十瀬の波に袖は濡れじや
- 歌の意味
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振り捨てて今日は行かれるとしても、鈴鹿川の多くの瀬の波に、袖は濡れないでしょうか。
- 鑑賞
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第一部 賢木
一行が暗くなってから出立し、二条から洞院の大路を折れる道は二条院の前を通る。源氏はしみじみと心を動かされ、榊にさしてこの歌を贈る。しかし暗く慌ただしいころであったから返事はその場ではなく、翌日、逢坂の関の向こうから届けられた。源氏はその筆づかいに感心しながらも、もう少し情のこもった言葉があればと思う。
「振り捨てて」は思い切って捨てての意で、御息所の決意を指す。「鈴鹿川」は伊勢へ向かう道中の川で、旅路の景をそのまま取り込んでいる。「八十瀬の波」は多くの浅瀬の波のことで、川を渡るたびに袖が濡れるという事実に、涙で濡れることを重ねている。旅の現実の景と心情とを一語で結び合わせる、この巻に多い作りの一つである。
振り捨つ:思い切って捨てる。
鈴鹿川:伊勢街道の川。
八十瀬:多くの浅瀬。
濡れじや:濡れないだろうか。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- 前の歌
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そのかみを今日はかけじと忍ぶれど 心のうちにものぞ悲しき
- 次の歌
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鈴鹿川八十瀬の波に濡れ濡れず 伊勢まで誰れか思ひおこせむ