鈴鹿川八十瀬の波に濡れ濡れず
伊勢まで誰れか思ひおこせむ
- 歌の意味
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鈴鹿川の多くの瀬の波に濡れようと濡れまいと、伊勢まで誰が思いを寄せてくださるでしょうか。
- 鑑賞
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第一部 賢木
逢坂の関を越えたあたりから、御息所が返し送ったのがこの歌である。そっけなく簡略に書かれていたが、筆づかいは風情があり品がよかった。源氏はこれを見て、もう少し情のこもった言葉が添えられていればと物足りなく思う。霧の深い朝ぼらけの中、源氏は一人つぶやくように次の歌を詠む。
「濡れ濡れず」は濡れようと濡れまいとの意で、相手の「袖は濡れじや」をそのまま受け取っている。「誰れか思ひおこせむ」は、誰が思いを寄せてくれようかという反語で、あなたが本気で案じてくれるとは思えないという皮肉になっている。相手の贈った語をすべて引き取りながら、その気づかいを信用しないと言い切っており、野の宮での対面を経てなお隔たりが埋まらないことを示している。
鈴鹿川:伊勢街道の川。
八十瀬:多くの浅瀬。
濡れ濡れず:濡れようと濡れまいと。
思ひおこす:思いを寄せる、気にかける。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- 前の歌
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振り捨てて今日は行くとも鈴鹿川 八十瀬の波に袖は濡れじや
- 次の歌
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行く方を眺めもやらむこの秋は 逢坂山を霧な隔てそ