見しはなくあるは悲しき世の果てを
背きしかひもなくなくぞ経る
- 歌の意味
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見た人はもういなくなり、残っている者は悲しいという、この世の果てを、出家した甲斐もなく泣きながら過ごしております。
- 鑑賞
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第一部 須磨
出立の前日の夕暮れ、源氏は桐壺院の御墓に参るため北山へ向かうが、その前にまず出家した藤壺のもとへ挨拶に赴く。御簾越しに対面し、東宮の身を案じる言葉を交わすうち、二人の胸には尽きせぬ思いがこみ上げる。御山へ参ると告げて言伝てを求めた源氏に、藤壺がようやく絞り出したのがこの歌である。源氏もこれに返歌をし、二人は言葉にならぬまま別れる。
「見しはなく」は生前に見知った人がもういないことで、桐壺院を指す。「あるは悲しき」は残された者が悲しいということである。「背きし」は世を背く、すなわち出家したことを指し、「かひもなく」で出家しても苦しみが消えないことを述べる。「なくなくぞ経る」は泣きながら日々を過ごす意で、「なく」を重ねた言い方になっている。出家という選択が救いにならなかったという告白が、この巻の重さを増している。
見しは:生前に見知った人。
背く:世を背く、出家する。
かひ:効き目、甲斐。
なくなく:泣きながら。
経る:日々を過ごす。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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