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いつかまた春の都の花を見む
時失へる山賤にして

歌の意味
いつになったらまた、春の都の花を見ることができるだろう。時勢を失った山賤の身となって。
鑑賞
第一部 須磨

 夜が明けきるころに帰った源氏は、東宮のもとへ王命婦を通じて別れの挨拶を送る。桜の散り残った枝に結びつけて届けられたのがこの歌である。幼い東宮も真剣な面持ちでこれを受け取り、しばらく見ないだけでも恋しいのに遠くではなおさらだと言え、と伝える。その頼りない返事を、王命婦は痛ましく受け止める。

 「春の都の花」は都の桜のことで、宮中の栄華をも含意している。「時失へる」は時勢を失った、時機を逸したという意で、失脚した自らの立場を述べる。「山賤」は山里に住む身分の低い者のことで、これから須磨で暮らす自分をたとえている。都の花と山賤という対比によって、栄華からの転落を一首の中に収めており、桜の枝に結ぶという所作とも呼応している。

春の都:春の京の都。
花:桜。
時失ふ:時勢を失う、時機を逸する。
山賤:山里に住む身分の低い者。
作者
紫式部
出典
源氏物語
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