海人がつむなげきのなかに塩垂れて
いつまで須磨の浦に眺めむ
- 歌の意味
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海人が積む投げ木のような嘆きの中で涙に濡れながら、いつまで須磨の浦で物思いにふけるのだろうか。
- 鑑賞
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第一部 須磨
六条御息所への返しに添えられたもう一首がこれである。源氏はこの文の末尾に、いつまた便りを差し上げられるとも分からないことこそ尽きない思いだと書き添えている。この巻において源氏は、いずこの人とも隔てなく文を交わし続けており、その一つ一つが都との細い糸となっている。
「なげき」は投げ木すなわち焚き木のことに「嘆き」を掛けた語で、海人が薪を積む景と結びついている。この掛詞は前の歌で藤壺が「嘆きをつむ」と用いたものと同じで、書簡の連なりの中で語が反復されている。「塩垂れて」は潮に濡れる意と涙に濡れる意を掛ける。「いつまで」という問いによって、終わりの見えない配所の日々が述べられており、この巻の中心にある不安がここに現れている。
海人:漁や製塩に従事する人。
なげき:投げ木、焚き木。「嘆き」を掛ける。
塩垂る:潮に濡れる。涙に濡れる意を掛ける。
眺む:物思いにふけって見る。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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