いつとなく大宮人の恋しきに
桜かざしし今日も来にけり
- 歌の意味
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いつと限らず宮中の人々が恋しいところへ、桜を挿頭にしたあの日が今年もめぐって来たことだ。
- 鑑賞
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第一部 須磨
須磨に年が改まり、日が長く所在ない中、植えた若木の桜がわずかに咲き初める。二月二十日過ぎ、去年都を離れた折の人々の様子が恋しく思い出され、紫宸殿の桜も盛りになったころだろうと思いやられた。かつての花の宴で朱雀帝が自作の句を誦じてくださったことなども思い出しながら詠まれたのがこの歌である。この後、宰相となった三位中将が須磨を訪れる。
「いつとなく」はいつと限らずの意である。「大宮人」は宮中に仕える人々のことで、これまでの巻々でも用いられてきた語である。「桜かざしし今日」は桜を挿頭にした日、すなわち花の宴の日を指し、第八帖の花宴の場面を直接に呼び起こしている。年中行事の巡りによって過去が呼び戻される構成で、配所にあってなお宮廷の暦が心を規定していることが示されている。
いつとなく:いつと限らず、常に。
大宮人:宮中に仕える人々。
かざす:挿頭にする。
来にけり:めぐって来たことだ。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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