雲近く飛び交ふ鶴も空に見よ
我は春日の曇りなき身ぞ
- 歌の意味
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雲の近くを飛び交う鶴も、空から見てほしい。私は春の日のように曇りのない身なのだ。
- 鑑賞
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第一部 須磨
日が高くなり、心せわしくなって宰相が出立する。何度も振り返りながら去っていく姿を見送るのは、かえってつらいことであった。またいつお目にかかれるかと言う宰相に対し、源氏が答えたのがこの歌である。続けて源氏は、かつての賢人でさえ一度退いた後に世に戻ることは難しかったのだから、再び都の地を見ようとは思っていないと述べる。
「雲近く飛び交ふ鶴」は高い空を飛ぶ鶴のことで、都で高い位にある人々をたとえている。「空に見よ」は空から見てほしいという意で、天から見れば潔白であることが分かるはずだという主張になっている。「春日の曇りなき身」は春の日のように曇りのない身の意で、自らの無実を述べている。神仏や天に対して潔白を訴える型を用いながら、頼りにしつつも期待はしないという複雑な心境が続く言葉に表れている。
雲近く:雲の近く、高い空。
飛び交ふ:飛びかわす。
鶴:高位の人のたとえ。
春日:春の日ざし。
曇りなき:やましいところのない。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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