宮柱めぐりあひける時しあれば
別れし春のうらみのこすな
- 歌の意味
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宮柱をめぐって出会ったように、こうしてめぐり逢う時もあるのだから、別れたあの春の恨みを今に残してくれるな。
- 鑑賞
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第一部 明石
源氏の「わたつ海に」の歌を受けて、朱雀帝が返したのがこの歌である。帝は自らの至らなさゆえに源氏を須磨へ下らせたという思いを抱いており、その心苦しさがこの返しに表れている。たいそう優美な御様子であったと物語は記す。この後、源氏は故桐壺院のための八講の準備を急ぎ、東宮に対面し、藤壺のもとへも参ることになる。
「宮柱」は神殿の柱のことで、イザナギ
イザナミの二神が国生みの際に柱をめぐって出会ったという神話を踏まえ、「めぐりあふ」を導く序詞として働いている。相手が蛭の子の神話を用いたのに対し、同じ神話体系の中から柱をめぐる場面を選んで返す構成になっている。「別れし春」は源氏が須磨へ下った春のことである。「うらみのこすな」は恨みを残すなという禁止で、和解を求める言い方になっている。
宮柱:神殿の柱。「めぐりあふ」を導く序詞。
めぐりあふ:再会する。
時しあれば:そういう時もあるのだから。
うらみ:恨み。
…な:…するな。禁止。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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