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舟とむる遠方人のなくはこそ
明日帰り来む夫と待ち見め

歌の意味
舟を留めて引きとめる、あの遠方の方がいらっしゃらないのであれば、明日帰って来るあなたと思ってお待ちいたしましょうに。
鑑賞
第一部 薄雲

 年が改まり、源氏は大堰の明石の君のもとへ出かけようとする。常よりも念入りに化粧をし、桜の直衣に香をたきしめた装いで暇乞いをするさまは、夕日の中でひときわ美しい。紫の上はただならぬ思いで見送る。姫君が指貫の裾にまとわりついて慕うのを、源氏はいとおしく思い、「明日帰ってこよう」と口ずさんで出ようとする。その折、紫の上が渡殿の戸口で待ちかけ、女房の中将の君を介して源氏に伝えたのがこの歌である。源氏はにっこり微笑んで返歌をする。

 「舟とむる遠方人」は舟を留めて引きとめる遠方の人の意で、大堰にいる明石の君を指す。古歌の「梓弓引津の辺なるなのりその花咲くまでにあはぬ君かも」などの世界を背景に、遠くの女に舟を留められることを踏まえる。「なくはこそ」はいないのならばこその意である。「明日帰り来む夫」は明日帰って来る夫の意で、源氏の口ずさんだ「明日帰り来む」をそのまま取り込んでいる。相手を引きとめる女さえいなければ安心して待てようものを、という恨みを、明石の君を「遠方人」と婉曲に指して述べており、嫉妬を優雅な機知に包んでいる。

遠方人:遠くにいる人。ここでは明石の君。
なくはこそ:いないのならばこそ。
つま:夫。
待ち見む:待っていよう。
作者
紫式部
出典
源氏物語
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