入り日さす峰にたなびく薄雲は
もの思ふ袖に色やまがへる
- 歌の意味
-
夕日のさす峰にたなびく薄雲は、物思いに沈む私の喪服の袖の色に、似せているのだろうか。
- 鑑賞
-
第一部 薄雲
太政大臣の薨去に続き、藤壺の宮が三十七の厄年に病を重くして崩御する。世を挙げての悲しみのなか、源氏は二条院の御前の桜を見ても、かつて藤壺の御前で青海波を舞った花の宴の折を思い出す。「今年ばかりは」と古歌を口ずさみ、人が見咎めるのを憚って御念誦堂にこもり、一日中泣き暮らす。夕日がはなやかにさして山際の梢があらわに見え、鈍色の薄雲がたなびくのを、何も目にとまらぬころではあるが、しみじみと胸打たれて詠まれたのがこの歌である。誰も聞かぬ所でのひとり言であった。この一首が巻名「薄雲」の由来である。
「入り日さす峰」は夕日のさしている峰の意で、西方浄土の方向を向いた源氏の視線の先にある。「たなびく薄雲」は横に長くかかった薄い雲のことで、藤壺の火葬の煙をも思わせる。「もの思ふ袖」は物思いに沈む自らの袖のことで、喪服の袖を指す。「色やまがへる」は色を似せているのだろうかの意で、鈍色すなわち喪服の薄墨色と、薄雲の色とを重ねる。空の景と自らの喪の袖とを一つの色で結ぶ構成で、藤壺という生涯の想い人を失った源氏の悲嘆が、声にならぬひとり言として置かれている。
入り日:夕日。
たなびく:横に長くかかる。
薄雲:薄くたなびく雲。
もの思ふ:物思いに沈む。
まがふ:似せる、見分けがつかなくする。
- 作者
-
紫式部
- 出典
-
源氏物語
- その他の歌
-