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いさりせし影わすられぬかがり火は
身のうき舟やしたひきにけん

歌の意味
明石の浦で漁をしていた折の、忘れられないあの篝火は、憂きわが身の浮き舟が、その火を慕ってついて来たのでございましょうか。
鑑賞
第一部 薄雲

 もの静かに過ごす時節、源氏は不断の念仏にことつけて大堰の明石の君を訪れる。住み馴れるにつれて心細さのつのる住まいで、明石の君は源氏を見るにつけても、つらかった前世からの宿縁がやはり浅くはなかったと思い、かえって慰めがたい様子であった。こんもりと繁った木々の中から、大堰川の鵜舟の篝火が遣水の螢と見まがうように見える。源氏が、明石でこのような住まいに苦労しなかったなら今の篝火を珍しく思ったろうと語りかけたのを受けて、詠まれたのがこの歌である。源氏はこれに返歌をする。

 「いさりせし影」は漁をしていた折の火影の意で、明石の浦での篝火を指し、須磨明石の日々を回想する。「わすられぬかがり火」は忘れられない篝火のことで、目の前の鵜舟の篝火と、明石の記憶の篝火とを重ねる。「身のうき舟」は憂きわが身を浮き舟にたとえた語で、「うき」に憂きと浮きを掛け、篝火の縁語として舟を置く。「したひきにけん」は慕ってついて来たのだろうかの意である。目の前の篝火を明石の記憶へと手繰り寄せ、辛い過去がわが身を追ってきたのかと問う構成で、明石の君らしい技巧の多い一首になっている。

いさり:漁。
影:火影。
かがり火:漁や照明のために焚く火。
うき舟:「憂き」と「浮き」を掛ける。
したふ:慕ってついて行く。
作者
紫式部
出典
源氏物語
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