さ夜中に友呼びわたる雁がねに
うたて吹き添ふ荻のうは風
- 歌の意味
-
真夜中に友を呼びながら空を渡ってゆく雁の声に、いっそう嘆きを吹き添えるように鳴る、荻の葉末を渡る風であることよ。
- 鑑賞
-
第一部 乙女
夕霧と雲居雁の幼い恋が内大臣の知るところとなり、二人は引き離される。手紙のやり取りさえ難しくなったと思うと、夕霧はやるせない。大宮のすすめる食事も進まず、寝たふりをしていたが心は上の空で、人が寝静まったころ隔ての障子を引いてみる。ふだんは掛け金もかけない障子が固く閉ざされ、人の音もしない。心細く障子に寄りかかって座っていると、竹を鳴らす風の音に混じって、雁の鳴きわたる声がかすかに聞こえた。障子の向こうで目を覚ました雲居雁が「雲居の雁もわがごとや」と独りごちるのを聞き、それに応えるように詠んだのがこの歌である。乳母たちが近くに臥しているため声を掛け合うこともできず、夕霧は大宮の御前に戻って嘆息するばかり。翌朝、手紙を書いても取次ぎの小侍従にすら会えず、二人の隔ては深まってゆく。
「さ夜中」の「さ」は接頭語で、真夜中の意である。「雁がね」は雁の鳴き声、また雁そのものをいう。友を呼びながら飛んでゆく雁の声は、引き離された二人の境涯そのものである。「うたて」はいっそう、ひどく、情けなくの意の副詞で、その悲しみの上にさらに嘆きを吹き添えるのが「荻のうは風」、荻の葉末を渡る風であった。雲居雁が口ずさんだ「雲居の雁もわがごとや」を受け、雁の声に風の音を重ねる形で応じたところに、幼いながらの機知がある。障子一枚を隔てて交わされたこの唱和は、二人の恋の切実さを、秋の夜の音だけで描き出している。この巻で雲居雁と呼ばれるようになったのも、この夜の独り言による。
さ夜中:真夜中。「さ」は語調をととのえる接頭語。
友呼びわたる:仲間を呼びながら空を渡ってゆく。
雁がね:雁の鳴き声。また雁。
うたて:いっそう。ひどく。情けなく。
うは風:草木の葉末を吹き渡る風。
- 作者
-
紫式部
- 出典
-
源氏物語
- その他の歌
-