鶯のさへづる声はむかしにて
むつれし花のかげぞかはれる
- 歌の意味
-
鶯のさえずる声、すなわち春鶯囀の調べは昔のままだが、親しく遊びかわしたあの花の蔭は、すっかり変わってしまった。
- 鑑賞
-
第一部 乙女
源氏三十四歳の二月二十日すぎ、冷泉帝が朱雀院に行幸された。三月は藤壺の忌月にあたるため、花盛りにはまだ早いが、早咲きの桜の色も美しいこの時期に催されたのである。人々は青色の袍に桜襲を着し、帝は赤色の御衣、召しに応じて参上した源氏も同じ赤色であったので、二人はいよいよ一つのもののように輝いて見分けがつかない。学生十人を召しての詩の試みが行われたのは、夕霧の受験を控えてのことらしい。日が傾くころ楽の舟が漕ぎめぐって調子を奏し、山風が興深く吹き合わせるなか、春鶯囀が舞われる。源氏はかつての花の宴を思い出し、朱雀院も「またあれほどのものが見られようか」と仰せになる。舞が終わったところで、源氏が院に御盃を差し上げて詠んだのがこの歌である。
「鶯のさへづる声」は舞楽の曲名である春鶯囀を言いなしたものである。かつての花の宴では、まだ東宮であった朱雀院がこの曲に興を催して源氏に舞わせた。「むかし」は桐壺帝の御代をさす。「むつる」は親しく遊びかわす、むつまじく交わるの意。「花のかげ」は、あのときは内裏の南殿の桜の蔭であったのに、今は仙洞御所の花の蔭であるという移り変わりをいう。曲は昔のままなのに、それを聴く場所も人の境遇もすっかり変わったという対比が、この一首の眼目である。花宴巻の華やぎを知る読者には、二十年近い時の隔たりがひときわ深く響く。
鶯のさへづる声:舞楽の曲名「春鶯囀」を言いなしたもの。
むかし:桐壺帝の御代。
むつる:親しく遊びかわす。むつまじく交わる。
花のかげ:桜の花の下。かつての花の宴の場をさす。
かはれる:変わってしまった。
- 作者
-
紫式部
- 出典
-
源氏物語
- その他の歌
-