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舟人もたれを恋ふとか大島の
うらかなしげに声の聞こゆる

歌の意味
舟人も誰を恋い慕っているのだろうか。大島の浦に、うら悲しげに歌声が聞こえてくる。
鑑賞
第一部 玉鬘

 夕顔が急死したのち、西の京に残された幼い姫君(のちの玉鬘)は、右近が源氏の口止めを憚って消息を伝えぬまま、行方の知れぬ母を待つ身となっていた。やがて乳母の夫が大宰少弐となって筑紫へ下ることになり、乳母は四歳の姫君を伴って西国へ向かう。母君の行方は八方手を尽くしても知れず、父の内大臣に打ち明ける手立てもないまま、これといった設えもない舟に姫君を乗せて漕ぎ出す時は、まことに気の毒であった。幼い姫君が「母の御もとへ行くのか」と尋ねるたび涙は絶えず、船路の涙は不吉だと戒めあいながら、瀬戸内の景色を眺めては亡き主を偲ぶ。舟子たちが荒々しい声で舟歌を歌うのを聞くやいなや、乳母の娘二人が向かい合って泣き、詠み交わしたうちの一首である。

 「舟人」は舟を漕ぐ水夫のこと。「大島」は筑前の大島とされ、「大島のうら(浦)」に「うら悲し」の「うら」を掛けている。舟子たちの粗野な舟歌を、誰かを恋うて泣く声と聞きなしたところに、詠み手自身の心が映されている。実際に恋い慕っているのは行方の知れない夕顔なのだが、その名を出さずに、浦に響く歌声として悲しみを言い当てた。土地の名を掛詞に取り込むのは旅の歌の型であるが、ここでは幼い姫君を抱えて遠く西国へ下る一行の心細さが、そのまま海の景色に溶けこんでいる。玉鬘巻はこの舟歌から流離の物語を語り起こす。

舟人:舟を漕ぐ人。水夫。
恋ふとか:恋い慕うというのか。
大島:筑前の大島。「大島の浦」の「うら」に「うら悲し」を掛ける。
うらがなし:何となく悲しい。もの悲しい。
作者
紫式部
出典
源氏物語
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