来し方も行く方もしらぬ沖に出でて
あはれいづくに君を恋ふらん
- 歌の意味
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来た方も行く先もわからない沖に漕ぎ出して、ああ、いったいどこに向かってあなたをお慕いすればよいのだろうか。
- 鑑賞
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第一部 玉鬘
姉の歌に唱和した一首で、二人はめいめい思いを馳せてこのように言うのだった、と語られる。やがて金の岬を過ぎてからは「我は忘れず」という古歌の文句が寝ても覚めても口癖となり、大宰府に着いてからは、いっそう都からの遠さを思って泣きながら、この姫君を主と仰いで明かし暮らす。乳母の夢にごくまれに夕顔が現れ、いつぞやと同じ姿の女が添っているのを見ては目覚めてのち気分を悪くし、やはりこの世を去られたのだろうと思い定めるようになるのも、ひどく悲しいことであった。
「来し方」は過ぎ来た方角、また過去のこと。「行く方」は向かう先、また将来をいう。海の上には道の跡が残らず、来し方も行く末も見定めようがない。「あはれ」は嘆きの声で、「いづくに君を恋ふらむ」は、どこに向かってあの方をお慕いすればよいのか、という問いである。生死も所在も知れぬ人を恋う心には、向かうべき方角すらない。海路の心細さを、そのまま主を失った心の在りように重ねた一首である。この歌の「来し方も行方も知らぬ」は、のちに上京の折に玉鬘が詠む「行くさきも見えぬ波路に」と対をなし、往きと帰りの舟歌として響き合う仕立てになっている。
来し方:過ぎ来た方角。また過去。
行く方:向かう先。また将来。
沖に出づ:陸を離れて沖へ漕ぎ出す。
あはれ:ああ。嘆息の語。
恋ふらん:恋い慕っているのだろうか。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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