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うきことに胸のみ騒ぐひびきには
ひびきの灘もさはらざりけり

歌の意味
つらいことに胸ばかりが騒ぐ、その響きにくらべれば、名高い響きの灘も何ほどのこともなかった。
鑑賞
第一部 玉鬘

 舟は響きの灘も無事に過ぎたが、「海賊の舟だろうか、小さい舟が飛ぶようにやってくる」と言う者があった。無鉄砲な海賊よりも、あの恐ろしい監が追ってくるのではないかと思うと、どうしようもなくじっとしていられない。その折の歌である。やがて川尻が近づいたと聞いてようやく生き返る心地がし、舟子たちの歌う舟歌の荒っぽさにもしみじみと聞き入る。豊後介は妻子を捨ててきたことを思い返して泣き、兵部の君もまた、長年連れ添った夫にそむいて逃げ出したことをさまざまに思う。帰るべき里も頼れる人もないまま、ただ姫君ひとりのために、一行は都に入った。

 「うきこと」はつらいこと、心を苦しめる出来事をいう。「胸のみ騒ぐ」は胸ばかりがしきりに動悸を打つことで、恐怖と不安を表す。「ひびき」は胸の高鳴りの響きと、播磨灘の別称である「響きの灘」とを掛けている。「さはらざりけり」は障りにならなかった、大したことはなかった、の意。荒海として名高い難所よりも、追手におびえる胸の内のほうがよほど激しいというので、地名を掛詞に取って心の状態を測る、機知の勝った詠みぶりである。なおこの一首を兵部の君のものとする説もある。

うきこと:つらいこと。心を苦しめる事柄。
胸のみ騒ぐ:胸ばかりが激しく動悸を打つ。
ひびき:胸の高鳴りと、播磨灘の別称「響きの灘」とを掛ける。
灘:潮流が速く波の荒い海域。
さはる:障りとなる。妨げとなる。
作者
紫式部
出典
源氏物語
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