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ふるさとの春の梢にたづね来て
世のつねならぬはなを見るかな

歌の意味
昔なじみの里の春の梢を訪ねて来て、世にまたとない花を、いや鼻を見ることだ。
鑑賞
第一部 初音

 正月の公事に追われる何日かを過ごしてから、源氏は二条東院に離れ住む御方々を訪ねる。常陸の宮の御方(末摘花)は御身分が御身分だけにお気の毒と思われ、人目に立つ程度の待遇はたいそうよく心配りされていた。昔は盛りと見えた御髪も年ごとに衰え、青ざめた御横顔は気の毒で、まともに向き合うこともなさらない。贈った柳の織物は似合わず、艶のない黒い掻練を一襲だけ着て寒そうにしている。御鼻の色ばかりが霞にも紛れぬほど華やかなので、源氏は思わずため息をつかれて几帳を引き寄せる。衣の世話をする者はいるかと尋ねると、醍醐の阿闍梨の世話で縫えず、皮衣まで取られて寒いと答えるので、向かいの院の倉を開けさせて絹や綾を届けさせた。庭前の紅梅が咲き出ていて、賞でる人もいないのを見渡してつぶやかれたのが、この歌である。

 「ふるさと」は昔なじみの土地の意で、ここでは源氏がもう住んでいない二条東院をさす。「世のつねならぬはな」は世に類のない花ということだが、「はな」に「鼻」を掛けている。誰も賞でる者のない紅梅を惜しむ風雅な独詠の体をとりながら、その実は末摘花の赤い鼻を言っているのであって、末摘花巻以来の趣向がここでも繰り返される。語り手が「おわかりにはならなかっただろう」と結んでいるとおり、通じない相手に向けてひとりごちるという構図そのものが可笑しみである。それでもこの人を見捨てず、倉を開けて衣を届ける源氏の情の深さと表裏をなしているところに、この場面の妙がある。

ふるさと:昔なじみの土地。ここでは二条東院。
梢:木の枝の先。
たづね来:訪ね来る。
世のつねならず:世に類がない。並々でない。
はな:「花」に「鼻」を掛ける。
作者
紫式部
出典
源氏物語
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