花ぞののこてふをさへや下草に
秋まつむしはうとく見るらむ
- 歌の意味
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花園の胡蝶までも、下草の蔭で秋を待っている松虫のような貴女は、疎ましいものとご覧になるのでしょうか。
- 鑑賞
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第一部 胡蝶
翌日は秋好中宮の季の御読経の初日であった。正午ごろ、源氏をはじめ一同が中宮方に参られ、殿上人も残らず参上して、荘厳な法会となる。紫の上は供養の心ざしとして仏に花を奉らせた。鳥と蝶の装束に分けた女童八人を、器量まで格別に選び整え、鳥には銀の花瓶に桜、蝶には黄金の瓶に山吹をさして持たせる。南の御前の築山から舟を漕ぎ出し、中宮の御前に着くころ風が吹いて瓶の桜がすこし散り交い、霞の間から童たちが立ちあらわれるさまは、まことに風情がありみずみずしく見えた。童たちが御階のもとで花を奉り、行香の人々が取り次いで閼伽に加える。その使いは源氏の子息の中将(夕霧)が務め、添えられていたのがこの歌である。
「花ぞののこてふ」は花園の胡蝶で、贈った蝶の童と胡蝶楽とをさす。「下草」は物陰の草で、「秋まつむし」の「まつ」は「待つ」に「松」を掛け、秋を選んだ中宮その人をいう。「うとく見る」は疎ましいものと見る、よそよそしく見るということ。前年の秋、六条院落成の折に中宮から届いた「こころから春まつ苑はわがやどの紅葉を風のつてにだに見よ」への、季をあらためての返しである。源氏が、今の季節に紅葉をけなしては龍田姫の思うこともあろうから春になってから返事をなさいと勧めた、その言いつけどおりの応酬でもあった。挑まれた形を受けつつ、鳥と蝶の童という趣向を添えて贈るところに、紫の上の余裕がある。
花ぞの:花の咲きみだれる庭。ここでは春の御殿。
こてふ:胡蝶。ここでは蝶の装束の童と胡蝶楽をさす。
下草:物陰に生える草。
まつむし:「待つ」に「松」を掛ける。秋を選んだ中宮をさす。
うとく見る:疎ましく思う。よそよそしく見る。
- 作者
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紫式部
- 出典
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源氏物語
- その他の歌
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