古典和歌stream

こてふにもさそはれなまし心ありて
八重山吹をへだてざりせば

歌の意味
胡蝶に誘われて、そちらへ参ってしまいたかったことです。もしお心があって、八重山吹の隔てをお作りにならなかったのであれば。
鑑賞
第一部 胡蝶

 紫の上の歌への返しである。中宮は、あの紅葉の手紙への御返事であったかとほほ笑んで御覧になる。昨日舟に乗った女房たちも、なるほど春の色はおとしめられるものではなかったと、花に見惚れながら言い合っている。鶯のうららかな声に鳥の楽が華やかに響き、池の水鳥も囀りわたるなか、曲が急に至って終わるのは名残の尽きぬおもしろさで、蝶の舞はいっそう軽やかに、山吹の垣根に咲きこぼれた花の蔭へ舞い出る。宮の亮をはじめ殿上人が禄を取り次ぎ、鳥の童には桜襲、蝶の童には山吹襲が与えられた。使いの中将には藤の細長を添えて女装束が贈られ、そこに添えられた御返事がこの歌である。

 「こてふ」は胡蝶に「来てふ」すなわち来いという言葉を掛ける。「さそはれなまし」は誘われて行ってしまいたかったということ。「八重山吹」は八重咲きの山吹に、幾重にも隔てる山の意を響かせる。前年の秋、みずから紅葉を贈って挑んだ相手からの返しであるから、こちらは負けを認める形の応じ方となっている。もっとも語り手は、すぐれた年功をお積みの御二方にもこうしたことは難しかったのか、思うように言い尽くせていない詠みぶりのようだと断っており、名手の作にしては平凡だという批評をあらかじめ引き受けている。この一言によって、春秋の争いは勝負を超えた優雅な交わりとして閉じられる。

こてふ:「胡蝶」に「来てふ」(来いという)を掛ける。
さそはる:誘われる。
八重山吹:八重咲きの山吹。幾重にも隔てる山の意を響かせる。
へだつ:隔てを作る。間を遮る。
ざりせば:…でなかったならば。
作者
紫式部
出典
源氏物語
その他の歌